大ヒット中の香港映画『トワイライト・ウォリアーズ』の信一で劉俊謙(テレンス・ラウ)にハマった人が、次に向かうであろう台湾映画『鯨が消えた入り江(我在這裡等你)』の出演者・あらすじ・映画の背景などを解説します!

出演者の魅力や映像の美しさはもちろん、ストーリーと映画の背景にも感動しました。オススメです!
我在這裡等你(鯨が消えた入り江)
作品名
原題 | 我在這裡等你 (A Balloon’s Landing) | 2024年5月10日公開(台湾) |
2024年5月15日公開(香港) | ||
邦題 | 鯨が消えた入り江 | 2024年11月9日配信(Netflix) |
キャスト・スタッフ
劉俊謙(テレンス・ラウ)/顧天宇
范少勳(フェンディ・ファン)/鍾易翔(阿翔)
スタッフ
監督 | 鄧依涵(エンジェル・テン) | 《第一次遇見花香的那刻(最初の花の香り)》 |
監修 | 謝國豪(ケビン・ツェー ) | 《第八个嫌疑人(Dust To Dust)》 |
主題歌
HUSH《我在原地等你》
(映画を見ると、主題歌のMVを見るだけで泣ける体質になります)
あらすじ(ネタバレなし)
劉俊謙が演じる香港の若手人気作家・天宇(ティエンユー)は、発表した新作小説に盗作の疑いをかけられて炎上してしまう。深く傷ついた天宇は、癒しを求めて台湾のどこかにあるという「鯨が消えた入り江(鯨逝灣・ジンシーワン)」を探しに台湾へ行く。
台北に来た天宇は繁華街で酒を大量に飲まされて酔いつぶれていたところを、范少勳が演じる台湾のチンピラ阿翔(アーシャン)に助けてもらい、2人は偶然の出会いを果たす。天宇から「鯨が消えた入り江を知っているか?」と聞かれ、なぜか「知っている」と答える阿翔。
そして2人は台北を離れ、鯨が消えた入り江を探しに行く旅に出る。
ネタバレあり解説
ここからは物語の核心を含むネタバレありの解説・感想になります。
鯨逝灣という2人だけの「ユートピア」
そもそも「鯨が消えた入り江(鯨逝灣)」というのは架空の海岸で、もちろん台湾には存在しないし、映画の中でも「2人だけが知っている場所」という設定だと思います。
鯨逝灣は様々な解釈ができると思いますが、番宣動画で劉俊謙と范少勳が話している内容なども見ながら、鯨逝灣はいわゆる「ユートピア(=どこにも存在しない場所、転じて理想的な世界)」に近いものではないかと思いました。そのユートピアについて、どういうわけか天宇と阿翔の間で共通認識を持っているわけですね。
天宇が鯨逝灣を知ったのは、学生時代に交わしていた文通で、文通相手の少年が手紙に鯨逝灣のことを書いていたから。
文通相手の少年曰く鯨逝灣は「天国につながっている」といいます。小説の盗作疑惑で生きる希望を失っていた天宇は、鯨逝灣に行けば(方法はいかにせよ)今抱えている苦しみから全て解放されると思ったのでしょう。
そして、お気づきだと思いますが天宇の文通相手の少年が幼い頃の阿翔でした。香港と台湾、時空をも越えた文通が天宇と阿翔をつなぎ、台北で2人を引き合わせたのです。
天宇と阿翔 再会の物語
天宇と阿翔が台北で出会ったのが2020年の夏。しかし、その年に阿翔は不慮の事故で死んでしまいます。天宇は阿翔の死を知らないまま香港に帰り、阿翔と今度は香港で再会することを期待しながら仕事に励みますが、阿翔からは一向に連絡がきません。
天宇が香港で作家業に励んでいるなかで、例の盗作疑惑について相手方の作者と合意がとれて、誤解の解消に向け誓約書にサインをするために顔合わせをします。
その際、相手方の作者が天宇と阿翔の過去の文通の話を出してきて、天宇は相手方の作者が文通の事実を知っていることに驚きます。また、そこで阿翔が2020年の夏、自分が香港に帰ってきたときには亡くなっていたことを知ります。
相手方の作者は、阿翔が幼少期に養子縁組の父親から虐待を受けていたところを保護したことで阿翔と出会いました。
阿翔というのは養子縁組で引き取られたときについた新しい名前で、もともとは「金潤發(ジン・ルンファー)」という名前。天宇と文通していた頃は改名前だったので、天宇は目の前にいた阿翔と文通相手の金潤發が同じ人物であることに気づかなかったのです。
2人の時間軸はどうなっているのか
「台北に行って新たな世界を冒険してみた方がいい」。天宇はかつての文通で金潤發にそう伝えていました。金潤發は天宇の言葉を信じ、田舎の児童養護施設を出て台北で養子となること決断をします。
しかし、金潤發は台北に行ったせいで養親から虐待を受けてしまった。その事実を知った天宇は自責の念にかられ、過去を変えようともがきます。そこでポイントとなるのが「郵便箱」です。
画像は鯨が消えた入り江のインスタでポストされていた、天宇と阿翔の時間軸を整理した特大ネタバレ解説画像です。
天宇と金潤發の時空を越えた文通は、基本的にこの「古い郵便箱」を通じて行われました。最初は金潤發が生活していた児童養護施設に置いてあり、金潤發はその郵便箱に手紙を入れていたのですね。
ただ、児童養護施設が地震で倒壊。郵便箱も骨董品として売りに出されます。それを今度は、台湾旅行に来ていた天宇ファミリーが買って香港に持ち帰りました。そうして、香港と台湾でこの郵便箱を通じて10年の時を越えた文通が行われたのです。
「金潤發」が大人になれた理由と「天宇の写真」
映画は、台湾の電車の中で天宇と「金潤發」が再会するシーンで終わりを迎えます。金潤發は幼少期に阿翔に改名したはずなのに、どうやって大人になった金潤發が存在しているのか?
「台北に行った方がいい」という自分が書いた手紙のせいで、幼少期の阿翔が虐待を受けてしまったことで罪悪感を感じていた天宇は、香港の自宅にあった郵便箱を持って台湾の児童養護施設があった場所を訪れます。そこで「台北には行くな」という手紙を金潤發に宛てて書き、郵便箱に入れるのです。
おそらく天宇の手紙が金潤發に届き、世界は少し(いや、だいぶ?)変わった。そして彼は金潤發として大人に成長したのではないかと思います(解釈)。
もう1つ、台湾の海岸で阿翔が撮った「天宇の写真(裏面に「死ぬな」という阿翔のメッセージが書かれている)」が天宇のもとにあるのも不思議だと思っていました。
紛らわしいのですが、天宇が古い郵便箱を持って台湾を訪れたとき、児童養護施設のあった場所に誰かが手作りした郵便箱が置いてあったんですね。で、それはきっと阿翔が自分で作った郵便箱です。
阿翔が台湾で出会った天宇は盗作疑惑のこともあり、精神的にかなり疲弊していた。阿翔は、目の前にいる天宇があの文通相手の“天宇”であることに早い段階で気づいていたと思うので、自分の大切な友人を絶対に失いたくなかった。
それで、天宇に届くようにと阿翔は自分で郵便箱を作り、「死ぬな」というメッセージを添えて写真を送ったのではないかと思っています(かなり解釈です)。
張國榮(レスリー・チャン)との関わり
《我在這裡等你(鯨が消えた入り江)》をさらに理解するうえで押さえたいのが、劇中歌(春夏秋冬 A Balloon’s Journey)として出てきたり、終盤でも描かれたりしている張國榮(レスリー・チャン)との関係ですよね。
張國榮(レスリー・チャン)は、1970年代から2000年頃にかけて香港を中心に活躍した国民的(かつ世界的)スターです。
本当にお恥ずかしいのですが、これまでレスリーについて全然知らず(トワイライト・ウォリアーズのモニカで初めて聞いたレベルです、すみません!)鯨が消えた入り江を見ていても諸々「?」となっていたので、こちらの本を読んでレスリーについて少しですが勉強しました。
「2003年」
《我在這裡等你(鯨が消えた入り江)》の映画の中では、2003年・2013年・2023年がターニングポイントになっていると思います。
- 2003年:金潤發、天宇と文通をする。養子縁組で台北へ行き阿翔になる/天宇の両親が亡くなる
- 2013年:天宇、金潤發と文通をする
- 2020年:台湾で天宇と阿翔が出会い、鯨逝灣を探す旅に出る。阿翔、事故で亡くなる
- 2023年:天宇と金潤發が台湾で再会する
(やはり天宇と阿翔が出会う2020年も外せなかったので入れました)
では、なぜ2003年が物語の起点になっているのか。
2003年は、張國榮(レスリー・チャン)が香港で亡くなった年です(2003年4月1日)。当時のレスリーがどのような状況だったかは先述した書籍などをご覧いただきたいのですが、その時の世界はSARS(重症急性呼吸器症候群)の感染拡大が起こっていました。
そして香港でも、とくに深刻な感染拡大が発生しました。コロナ禍を思い返すと分かるように、出口の見えない不安や閉塞感に社会が支配されてしまった。その渦中で、レスリーも自分の未来に対する希望を失ってしまったのだと思います。
映画に話を戻すと、2003年に金潤發は児童養護施設での生活や自分の名前までも捨てて台北に行きます。天宇の両親も同じ年に亡くなっている。これもかなり解釈ですが、2003年というのは「喪失」を暗に示しているのではないかと思います。現実世界でも香港、そして世界から張國榮(レスリー・チャン)という光が消えたのです。
(このように見ていくと、劇中の設定で2020年に阿翔が死んでしまうのも、コロナ禍との関係があるように思えてきます※解釈)
《我在這裡等你》の中の香港
《我在這裡等你(鯨が消えた入り江)》は2人の香港作家が脚本を書いており、この脚本を受けて監督の鄧依涵(台湾)は次のように考えたといいます。
鄧依涵「畢竟故事就有臺灣跟香港,所以要讓香港人看得懂臺灣,臺灣人看得懂香港的這些劇情。」
(結局、ストーリーには台湾と香港が登場するので、香港人が台湾の内容を理解できるように、台湾人もまた香港の内容を理解できるようにする必要があった)
出典:BL、張國榮與公路電影——專訪《我在這裡等你》導演鄧依涵、美術指導謝明仁(https://funscreen.tfai.org.tw/article/38677)
映画は大部分が台湾で繰り広げられる2人のロードムービーですが、台湾にある阿翔の部屋には香港映画の《星月童話(もういちど逢いたくて)》(1999)、《烈火青春》(1982)のポスターが貼ってあったり、レスリー・チャンの《春夏秋冬》の歌詞が壁に書かれていたりします。
先ほどの記事によれば、阿翔は天宇という香港人のお兄さんとの文通によって幼いころから香港への期待を膨らませていました。なので、阿翔の部屋は香港の要素で溢れているそうです。
パラレルな2023年で再び出会う
映画の終盤、天宇が金潤發に「台北へは行くな」と書いた手紙を郵便箱に入れてから、劇中の世界は少しずつ変化していきます。
天宇が台湾のカフェで出会った夏夏(阿翔の妹同然の存在?)が夏夏ではない別の人になっているなどです。
その中で最も大きな変化が、「張國榮(レスリー・チャン)ワールドツアー2023」のポスターだと思います。先述の通りレスリーは2003年に亡くなっているので、2023年にレスリーの公演が開かれることは現実的には不可能です。ただ、天宇が金潤發に手紙を書いたことで、劇中は2003年が変わったことを表しているのではないかと思いました。
そしてご存知の通り、映画の最後で台湾・墾丁の花火大会を見に来た天宇と、金潤發と名乗る青年があの日と同じ電車の中で出会います。天宇が自分の米糕(ミーガオ。台湾のおこわ)を金潤發に渡すと、阿翔が米糕を好きだと言っていたように金潤發も大好きだと言います。
よって、2003年の変化は金潤發にも起きていた(むしろ金潤發としては、2003年が過ぎても変わらずに金潤發のままいられた)ということなのでしょう。
【まとめ】《春夏秋冬》にのせて
張國榮(レスリー・チャン)の《春夏秋冬》は、超ざっくり言うと「この星で君と出会えて幸せだ。君がいるから世界は美しい。春夏秋冬すべての季節に君がいればいいのに」みたいなことを歌っています。
レスリーの《春夏秋冬》の英語タイトルは“A Balloon’s Journey”ですが、映画《我在這裡等你》の英語タイトルは“A Balloon’s Landing”と、レスリーの曲に呼応していることがわかります。
レスリーの《春夏秋冬》は「君」を探しつづける風船の旅を歌っていますが、映画では最後に再会を果たすことで風船は”Landing”して、“我在這裡等你(ここで君を待ってる)“の「この場所」に鯨が帰ってきたのだと想像しました。
なんとなく、鯨とは阿翔(金潤發)を指しているのかなと思っています。
以上、とても長くなりましたが、《我在這裡等你(鯨が消えた入り江)》を見て思ったこと、初見でよく分からなかった点を調べてまとめてみました!
レスリーの映画『ブエノスアイレス』のオマージュといった論点もありますが、私がまだ見れてないというのと既に情報量が多すぎてパンクしそうなので笑、ここで一旦まとめます。
この記事が作品鑑賞の手助けになれば幸いです。最後までご覧いただきありがとうございました!
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